僕達の願い 第38話


クロヴィスはルルーシュの車椅子を押しながら、クラブハウス内へ足を踏み入れた。
二人の後ろに付く形でナナリーが歩き、皇族である三人を先導するように、バトレーが前を歩いていた。
ブリタニアによる日本への宣戦布告。
日本にいる自分たちを呼び戻すこと無く戦争が始まる。
実父である皇帝の命令で。
その言葉を聞いても一切の動揺はなく、安全な場所へ逃げるために駆け出すわけでもなく、あくまでも皇族らしい優雅な足取りで歩いていた。
今子の話にいるのはブリタニア人である4人だけではなく、この学園の制服を身にまとった少女が二人ナナリーと並び歩いていた。

「それにしてもこの状況で攻めてくるとは、シャルル皇帝も愚かですわね」

呆れた口調で言ったのは日本の皇族、皇神楽耶。
先ほど走ってきた少女の一人だ。

「私もそう思います。クロヴィス様が来日される事は前々から解っている事なのに」

少々怒ったような口調で言ったのは中華連邦からの留学生である天子、蒋麗華(チェン・リーファ)だった。
天子と星刻もまた記憶を持っており、大宦官の一掃を早々に終えると、あの時受けた恩を返すために過去に戻ってきたに違いないと、カグヤに接触をしていた。
そして互いにあの時代の記憶がある事を知り密かに親交を深め、国を統べる者は見聞を広めるべきだと、勉学のために外国人が多く在籍するこの学園に留学してきた。
だがそれは表向きの理由にすぎず、本当の留学の理由は今日この日を、ブリタニアによる日本への宣戦布告の時を日本で迎えるためだった。

「俺たち皇族だけではなく、中華の姫までいるこの時に攻め込む事の意味、しっかりと解らせてやろう」

ルルーシュはいつになく低い声でそう言うと、口元に笑みを乗せた。
当然です。と女性三人は同意の声を上げた。
クラブハウスの奥にはエレベーターがあり、特定の操作をすることで、本来1階と2階をつなぐだけのこのエレベーターは、地下へと降下する。
そしてその先には、対フレイヤシステムも完備された指令室が置かれていた。
奥にはKMFの格納庫もある。
5年前は山奥に隠れて研究していたが、今はこのアッシュフォードの地下でKMFの研究が続けられていた。

「あら、来たわねゼロ」

ラクシャータはそう言うとキセルを振った。
ロイドとセシルも軽く会釈する。
3人はいつでも行動を起こせるよう全てのシステムを起動させて、各部署の状況把握に務めていた。

ブリタニアは宣戦布告と同時に攻めこむために軍を動かしていた。
秘密裏に行われていたその動きを日本側には知られていないと思っていたのだろうが、相手が悪かった。
日本には、ほんの数ヶ月で世界征服を果たした魔王が、戦争の開始を今か今かと手ぐすね引いて待っていたのだ。
日本が守りの体制に入る前に優位な場面を作るつもりだったのだろうが、あの時代のブリタニア軍内のシステム全てに手を加え、その内部構造を熟知していたルルーシュ相手に軍事情報の秘匿など不可能。ブリタニアからの宣戦布告がされた時には既に強固な防衛ラインが展開され、後はルルーシュの指示を待つだけの状況だった。

「状況は?」

クロヴィスはルルーシュを司令官席まで移動させると、その横に立った。
ナナリーは司令官席の隣りにある補佐官の席に着き、キーボードを操作し始める。
戦争は必ず始まる。
その時には少しでも兄の役に立ちたいと、ラクシャータとセシル、バトレーやジェレミア達からの指導を受け、数多くのことを学んだナナリーはルルーシュの補佐として優れた能力を開花させていた。

「お兄さま、あと30分ほどで日本の防衛ラインに入ります。部隊構成と編成から、東京方面軍の指揮官はシュナイゼルお兄様だと思われます」
「予定通りだな。では諸君、戦争の始まりだ」

ルルーシュの宣言に、皆は大きく頷くとその顔に笑みを浮かべた。




「何かおかしいね。あまりにも反応が無さ過ぎる」

旗艦の司令官席で戦況を見ていたシュナイゼルは柳眉を寄せ呟いた。
日本軍は防衛ラインを突破しても何も反応を示してこない。
そう、何もだ。
気味が悪いほど反応がない。
早々に白旗を揚げるにしても、何かしらの反応があるはずだ。
偵察機どころか日本から通信一つ無いのは奇妙としか言えなかった。

「ですがよろしいのですか、殿下。今、日本にはクロヴィス殿下もおられます」

傍に控えていた副官のカノンは困ったように眉を寄せ尋ねた。

「仕方がないだろう?陛下のご命令だ。クロヴィスだけではない、ルルーシュとナナリーも日本にいると言うのに、何をお考えなのか私には解らないよ」
「せめてご帰国を」
「カノン、既に開戦したのだ。もう後戻りはできない。あちらにはバトレーもジェレミアも、アッシュフォードもいる。上手く立ち回ってくれる事を祈ろうじゃないか」

帰国をしてから。と、口にしようとしたカノンを制止し、シュナイゼルはそう口にした。
この戦争はブリタニア内でも反発が起きていた。
当然だろう。
今まで日本は友好国だと皇族3人がアピールを続け、重症だった一人を奇跡と言ってもいいレベルにまで回復させた相手。
そこに攻め込むなど、国民が納得するはずがない。
だが、皇帝は常に日本と友好的だという言葉を腹だたしげに聞いていて、不本意なのだろうという事には気がついていた。だから、シュナイゼルは日本には一度も行っていないし、ルルーシュ達と連絡を取ることもしなかったのだ。クロヴィスのようにあからさまな行動を取れば、皇帝の心証を悪くする事は目に見えていたから。
ルルーシュ達が日本に渡ってからというもの、ブリタニアの植民地政策は停滞した。
エリアは10以上増える事は無く、大きな戦争もしていない。
原因は日本との奇妙な関係のせいだと誰もが知っていた。
皇帝が何かを発したわけではない。
特に日本との友好など口にした事は無い。
いや、反対に日本を貶すような発言は幾度となくされていた。
それなのに、いつの間にか皇帝が友好を望んでいると刷り込まれていた。
そう、これは綿密に計画され、実行された心理操作。
弱肉強食を謳う皇帝が、心やさしい慈愛あふれる皇帝に作り替えられるほどの。
だが、皇帝はようやく決断をした。
世間に広まる皇帝の虚像を。
日本を。
進むべき道をふさぐ全ての障壁を壊す事を。
日本と友好的な態度を取り続けていた皇族と共に日本を消すつもりなのだ。
あれだけ顔の知れてしまった3人だ。
敗戦後の日本で無事でいられるはずはない。
可哀そうだが、それが本来のブリタニアなのだ。

「間もなく第一部隊が日本に上陸します」

オペレーターの声に、シュナイゼルはモニターに目を向けた。
平和ボケした日本は、ブリタニアが攻めてきた事に対応しきれていないのか、全面降伏するつもりなのか、あるいは罠か。

「罠だとしたら、我々相手に一体どんな手を打つつもりかな?」

そう思考を巡らせていた時、突然モニター上にあった自軍の機体の表示が消え、それと同時にLOSTの文字が現れた。
まるで波紋のように広がる赤いLOSTに、シュナイゼルは一瞬思考を止めた。

『殿下!!第一部隊、第二部隊共にLOST!』
『東京方面部隊ほぼ全滅です!』
『第7部隊LOST!何が起きているんだ!?』

LOSTの文字はまるでウイルスのように広がり続けた。

「何だ・・・これは・・・」

日本に接した自軍は全て赤く染まっていく。

「全軍、第17部隊の位置まで後退。前線の映像を」
「は、はい!」

シュナイゼルの命令に、茫然としていたオペレーター達は慌てて情報を集めだした。

「映像、出ます」

映し出されたのは最前線で第7部隊が殲滅された時の映像だった。
赤く光る閃光が上陸したKMFや装甲部隊を一瞬で撃破していった。
そう、まるで意思のある光が敵を察知し襲いかかったような攻撃。
これは兵器なのか?
殲滅速度が早すぎて映像を見ても何が起きたのか理解できない。
理解るのは、赤い光が踊るように画面内を飛び回っていることだけ。
赤い光が兵器なのか、あるいはマーキングなのか。
マーキングだとすれば、長距離砲か?
あるいは伏兵による斉射か?
それを判断する材料さえ無い。
解っているのは未知の戦略あるいは未知の兵器が相手だということだけ。
こんな相手では、こちらの戦略は意味を成さない。
しかもこちらを行動不能にするだけで、手加減されているのだとすぐに気がついた。
日本軍のトラックがやってきて、重火器を抱えた日本兵がブリタニア兵たちを次々捕縛しているのだ。ブリタニア軍の攻撃など我関せずという態度で。

「映像の解析が終わりました」

今度はスローモーションで今の映像が流れた。

「これは・・・まさか、ナイトメアフレームか」

スローモーションにすることでようやく捉える事の出来た赤い閃光の正体。
それは燃えたぎる炎のように赤いKMFだった。
右手には銀色の鉤爪がついており、それがまるで死神の鎌のようにも見える。
原理は解らないが、あれだけの質量を持つ物体が、縦横無尽に空を飛び、その動きはシュナイゼルの肉眼では負えないほどの速さだと言うのに、パイロットは正確にこちらを攻撃していた。
深紅の機体が舞い踊る様に戦場を駆け抜ける。
たった1騎のKMFがまるで守護神のように、この地に入ろうとするブリタニア軍から日本を守っているのだ。

「第5部隊の映像、出ます」

東京湾から攻め込んだ主力部隊。
そちらに映し出されたのもKMF。今度は黒が4騎、青が1騎という1部隊だ。先ほどの赤い機体ほどの早さと技術は無いようだが、それでもこちらのグラスゴーよりも格段に早く、装甲は固い。
兵器と玩具。
そう思えるほどの差があった。
その上この5騎も空を自在に飛び回ってるのだ。
陸海空。
全てを守るだけの力を備えたKMF。
日本はいつの間にこれほどの技術を手に入れたのだろう。
これは勝てない。
完全に負け戦だ。
撤退し、対策を練らなければ。
そう思った時、突然旗艦が激しく揺れた。

「な、何なの!?」
「と、突然、敵機が出現しました!!現在旗艦の上に!」

オペレーターは悲鳴のような声を上げ、天井を見上げた。
ズシリと重量を感じる音が、上から鳴り響く。
その敵機が旗艦の上に乗ったことがその音だけで解った。

「突然ですって!?」

そんなバカなとカノンは叫んだが、これだけの目があって敵機の接近を見落とすなどありえないことだった。シュナイゼルは天井を見上げながらすっと目を細めた。

「なるほど、ステルスかな」

こちらのレーダーでは感知できないほどの高性能ステルス。
鉄のきしむ音が辺りに響き渡り、旗艦の屋根が剥がされた。
外気が入り込み、強風にあおられながらもシュナイゼルは空を見上げた。

「白い・・・ナイトメアフレーム・・・」

そこに現れたのは白を基調としたKMFだった。
先ほどの赤いKMFとは違い、まさに騎士という名にふさわしい美しさを持つ機体。

『降伏してください。シュナイゼル殿下』

落ち着いた、少年の声が辺りに響いた。
パイロットが少年だと言うだけでも驚いたが、その言葉は流暢なブリタニア語で話されていた。その声に聞きおぼえがある。テレビを通し何度も聞いた声音。

「君は・・・」
『自分は枢木ゲンブが嫡子、枢木スザクです。これ以上続けてもブリタニアは日本に勝つことなどできません。降伏してください』

冷静だが、低く、冷たい声で少年は再び降伏を呼び掛けた。
相手はまだ成人していない少年なのに、シュナイゼルは完全に気押されていた。
肌が泡立つほどの殺意が白い機体から発せられていた。
地獄の底から手招きしている亡者と、そこに誘おうとする死神が見えた気がした。
その直感は正しいのかもしれない。
シュナイゼル以外の者は皆、恐怖で腰を抜かしているようだった。
逃げ道も無い。
完敗だ。
選択肢は無い。
この私が何もできずに負けるとは。
これではゲームにもならない。
心の内に初めて湧いた怒りを顔に乗せ、シュナイゼルは降伏した。

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